大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成8年(行ケ)324号 判決 1997年6月26日

東京都世田谷区桜新町2丁目13番5号

原告

株式会社ネコ・パブリッシング

代表者代表取締役

笹本健次

訴訟代理人弁護士

河野敬

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 荒井寿光

指定代理人

小林薫

吉野日出夫

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者が求める裁判

1  原告

「特許庁が平成4年審判第19399号事件について平成8年11月11日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

2  被告

主文と同旨の判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、平成3年2月5日、「DAYTONA」の欧文字を横書きしてなり、平成3年政令299号による改正前の商標法施行令別表第17類「被服(運動用特殊被服を除く。)、布製身回品(他の類に属するものを除く。)、寝具類(寝台を除く。)」を指定商品とする商標(以下、「本願商標」という。)について登録出願(平成3年商標登録願第10587号)をしたが、平成4年8月28日に拒絶査定がなされたので、同年10月16日に査定不服の審判を請求し、平成4年審判第19399号事件として審理された結果、平成8年11月11日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決がなされ、その謄本は同年12月9日原告に送達された。

2  審決の理由の要点

(1)本願商標の構成及びその指定商品は、前記のとおりである。

(2)これに対し、登録第1636802号商標(以下、「引用商標」という。)は、「Datona」の欧文字と「ディトナ」の片仮名文字とを2段に横書きしてなり、前同第17類「被服(運動用特殊被服を除く。)、布製身回品(他の類に属するものを除く。)、寝具類(寝台を除く。)」を指定商品として、昭和55年10月29日に登録出願、昭和58年11月25日に商標登録(平成5年12月22日に商標権存続期間の更新登録)がなされているものである。

(3)本願商標と引用商標は前記の各構成よりなるものであるから、その構成文字に相応して、本願商標は「デイトナ」、引用商標は「ディトナ」の各称呼を生ずる。そして、本願商標の称呼と引用商標の称呼とを比較すると、両称呼は、語頭において「デイ」と「ディ」の差異を有するのみで、これに続く「トナ」の音を共通にするものである。

このように、両称呼は共に、力のはいる濁音「デ」に始まるが、第3音の「ト」が破裂音で強く響く音であるから、これらの両音に「イ」の音が挟まれてなる本願商標から生ずる称呼は、1音づつ区切って「デ・イ・ト・ナ」と発音され聴取されるというより、簡易迅速を旨とする取引きの実情においては、「ディ・ト・ナ」に近く発音され聴取されるとみるのが相当である。

してみると、比較的短い両称呼にあっても、前記の差異が称呼の全体に及ぼす影響は決して大きいものということはできず、両称呼をそれぞれ一連に称呼するときには、語調・語感が近似したものとなり、彼此聴き誤るおそれがあるといわなければならない。

(4)したがって、本願商標と引用商標とは、外観及び観念について差異が認められるとしても、称呼において類似するものであり、その指定商品も同一であるから、本願商標は商標法4条1項11号に該当し、商標登録を受けることができない。

3  審決の取消事由

審決は、本願商標が称呼において引用商標に類似すると誤って判断し、かつ、本願商標から生ずる観念の周知著名性を恣意的に無視した結果、本願商標を商標法4条1項11号に該当するとしたものであって、違法であるから、取り消されるべきである。

(1)称呼の類否判断の誤り

審決は、本願商標は簡易迅速を旨とする取引きの実情においては「ディ・ト・ナ」に近く発音され聴取されるとみるのが相当であると説示して、本願商標と引用商標とは称呼において類似すると判断している。

しかしながら、本願商標が「デ・イ・ト・ナ」と4音節に称呼されるのが普通であるのに対し、引用商標は「ディ・ト・ナ」と3音節に称呼されるのであって、両称呼は音節数を異にしている。のみならず、本願商標の称呼の第1音「デ」の母音が「エ」であるのに対し、引用商標の称呼の第1音「ディ」の母音は「イ」であって、語頭における母音の差異が明瞭であるから、両称呼の語調・語感は全く近似するところがない。

このように、本願商標の称呼と引用商標の称呼とは明確に識別し得るものであるから、「本願商標と引用商標とは称呼において類似する」とした審決の判断は誤りである。

この点について、被告は、母音「エ」と母音「イ」とは近似する音であって音質上紛らわしい場合があると主張する。しかしながら、母音「エ」と母音「イ」とが近似する音であることは、本願商標の称呼の第1・2音「デ・イ」と、引用商標の称呼の第1音「ディ」とが近似することの論拠にはなり得ないから、被告の上記主張は当たらない。

(2)本願商標から生ずる観念の周知著名性について

本願商標は米国フロリダ州において行われる「デイトナ24時間レース」に因んで案出されたものであるが、この「デイトナ24時間レース」は国際的に有名な自動車レースである。このことは、著名な自動車メーカーのフェラーリやクライスラー、あるいは、腕時計メーカーのロレックスが、その商品に「DAYTONA・デイトナ」の商品名を附していることからも明らかである。したがって、「デイトナ」の標章は、「国際的な自動車レース」の名称としてつとに周知著名のものである。

また、原告は、平成3年6月、誌名を「DAYTONA・デイトナ」とする自動車関連の月刊誌を創刊したが、同誌は書店のみならずコンビニエンスストア等においても広く販売され、その発行部数は現在、月間約30万部を越えるに至っている。そして、同誌と提携したテレビ番組「デイトナTV」が平成4年4月から翌5年9月まで放映され、また、原告の関連会社が「DAYTONA PARK・デイトナパーク」と称するアミューズメント施設を開設したことも加わって、「DAYTONA・デイトナ」の標章は、「自動車関連の月刊誌」の誌名としても周知著名のものとなっている。

これに対し、引用商標は造語であって、これから特定の観念が生ずることはない。

ところで、商標から生ずる観念が周知著名のものである場合、取引者・需要者はその観念に即して商標を正確に称呼し聴取するのが通常であるから、仮に称呼において類似する商標が存在しても、彼此を誤認混同するおそれはないというべきである。そうすると、「デイトナ」あるいは「DAYT〇NA・デイトナ」の標章が、上記のように「国際的な自動車レース」の名称、あるいは、「自動車関連の月刊誌」の誌名として周知著名のものである以上、本願商標から直ちに「国際的な自動車レース」あるいは「自動車関連の月刊誌」の観念が生ずるから、本願商標の指定商品の取引者・需要者は、本願商標を、上記の自動車レースの名称あるいは雑誌名に即して、正確に「デ・イ・ト・ナ」と称呼するのが通常であって、これを審決が説示するように「ディ・ト・ナ」に近く称呼したり、引用商標の称呼と誤認混同することはあり得ない。

また、本願商標と引用商標が外観において異なることはいうまでもないが、特に、本願商標から前記のように直ちに「国際的な自動車レース」あるいは「自動車関連の月刊誌」の観念が生ずる以上、取引者・需要者が本件意匠の外観を引用商標の外観と誤認混同することはあり得ない。

以上のとおり、本願商標と引用商標とは生ずる観念において明確に異なり、その結果、称呼及び外観においても類似するところがないものである。したがって、両商標は「外観及び観念について差異が認められるとしても」称呼において類似するとした審決の類否判断は、本願商標から生ずる観念の周知著名性を恣意的に無視したものであって、明らかに誤りである。

第3  請求原因の認否及び被告の主張

請求原因1(特許庁における手続の経緯)及び2(審決の理由の要点)は認めるが、3(審決の取消事由)は争う。審決の認定判断は正当であって、これを取り消すべき理由はない。

1  称呼の類否判断について

原告は、本願商標が「デ・イ・ト・ナ」と4音節に称呼されるのに対し、引用商標は「ディ・ト・ナ」と3音節に称呼されるのみならず、本願商標の称呼の第1音「デ」の母音が「エ」であるのに対し、引用商標の称呼の第1音「ディ」の母音は「イ」であって語頭における母音の差異が明瞭であるから、両称呼の語調・語感は全く近似するところがないと主張する。

しかしながら、両称呼は第1音の子音が聴感上強く響く破裂音「d」である点において共通するところ、母音「エ」と母音「イ」とは近似する音であって音質上紛らわしい場合があるから、原告の上記主張は当たらない。

2  本願商標から生ずる観念について

原告は、「デイトナ」の標章は「国際的な自動車レース」の名称として周知著名のものであり、また、「DAYTO-NA・デイトナ」の標章は「自動車関連の月刊誌」の誌名としても周知著名のものであることを前提として、本願商標と引用商標とは生ずる観念において明確に異なり、したがって称呼及び外観においても類似するところがないから、両商標は「外観及び観念について差異が認められるとしても」称呼において類似するとした審決の類否判断は、本願商標から生ずる観念の周知著名性を恣意的に無視したものであって誤りであると主張する。

しかしながら、最新の情報を掲載する各種刊行物にも「デイトナ24時間レース」に関する記事がほとんど掲載されていないことから明らかなように、「デイトナ」の標章は、「国際的な自動車レース」の名称として必ずしも周知著名のものではない。また、「DAYTONA・デイトナ」の標章が「自動車関連の月刊誌」の誌名として周知著名のものである事実はない。

のみならず、本願商標の指定商品は自動車関連の商品ではなく、汎用的な繊維製品であるから、その取引者・需要者は自動車に関心を有する特定の層に限られず、広く一般の層に及ぶことはいうまでもない。したがって、「デイトナ」あるいは「DAYTONA・デイトナ」の標章が自動車に関心を有する層において相当程度知られているとしても、本願商標の指定商品の取引者・需要者に周知著名のものとは到底いえないから、審決が本願商標が生ずる観念について論及しなかったことに何ら誤りはない。

第4  証拠関係

証拠関係は、本件訴訟記録中の書証目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。

理由

第1  本願商標及び引用商標の各構成が審決認定のとおりであることは、当事者間に争いがない。

第2  称呼の類否判断について

原告は、本願商標が「デ・イ・ト・ナ」と4音節に称呼されるのに対し、引用商標は「ディ・ト・ナ」と3音節に称呼ざれるのみならず、本願商標の称呼の第1音「デ」の母音が「エ」であるのに対し、引用商標の称呼の第1音「ディ」の母音は「イ」であって語頭における母音の差異が明瞭であるから、両称呼の語調・語感は全く近似するところがないと主張する。

本願商標が「デ・イ・ト・ナ」と4音節に称呼され、引用商標が「ディ・ト・ナ」と3音節に称呼されるのが普通であることは、原告主張のとおりである。しかしながら、本願商標の構成において唯一の母音である「イ」が、直前の「デ」と極めて結び付きやすい音であることに鑑みれば、本願商標の称呼の前半の「デ・イ」が、「ディ」あるいは「デイ」のように、一音節あるいはそれに近い形で滑らかに発音され聴取されることも、十分に考えられるところである。そうすると、本願商標は、引用商標の称呼「ディ・ト・ナ」と同一に、あるいはこれと相紛れるほど近似して称呼される場合が少なからずあると考えざるを得ない。したがって、「両称呼をそれぞれ一連に称呼するときには、語調・語感が近似したものとなり、彼此聴き誤るおそれがある」とした審決の説示は肯認し得るものであるから、本願商標と引用商標とは称呼において類似するとした審決の判断に誤りはない。

第3  本願商標から生ずる観念について

原告は、「デイトナ」の標章は「国際的な自動車レース」の名称として周知著名のものであり、また、「DAYTO-NA・デイトナ」の標章は「自動車関連の月刊誌」の誌名としても周知著名のものであることを前提として、本願商標と引用商標とは生ずる観念において明確に異なり、したがって称呼及び外観においても類似するところがないから、両商標は「外観及び観念について差異が認められるとしても」称呼において類似するとした審決の類否判断は、本願商標から生ずる観念の周知著名性を恣意的に無視したものであって明らかに誤りであると主張する。

検討するに、成立に争いのない甲第14ないし第25号証によれば、「デイトナ24時間レース」は米国フロリダ州において年1回開催される国際的な自動車レースであることが認められる。しかしながら、本願商標の指定商品は一般的な被服・布製身回品・寝具類であるから、その取引者・需要者の多くが自動車あるいは自動車レースに関心を有しているとは考えられず、まして、「デイトナ24時間レース」が国外において年1回行われるものにすぎないことに鑑みれば、わが国において本願商標の指定商品の取引者・需要者の多くが本願商標に接したとき、直ちに「国際的な自動車レース」を想起すると認めることはできない。

また、成立に争いのない甲第2号証によれば、原告刊行の月刊誌「Daytona・デイトナ」には、アメリカ製を中心とする外国製自動車に関する記事が広範に登載されており、日本製自動車に関する記事はほとんど見当たらないことが認められから、同誌は自動車関連の雑誌の中においてもかなり特殊な読者層を対象としているものであることが明らかである。そうすると、前記のように必ずしも自動車あるいは自動車レースに関心を有しているとは考えられない本願商標の指定商品の取引者・需要者の多くが本願商標に接したとき、直ちに「自動車関連の月刊誌」を想起することは到底あり得ないというべきである。

以上のとおり、「デイトナ」あるいは「Daytona・デイトナ」、「DAYTONA・デイトナ」の標章は本願商標の指定商品の取引者・需要者に周知著名のものとは認められず、したがって、本願商標から直ちに「国際的な自動車レース」あるいは「自動車関連の月刊誌」の観念を生ずると解することはできない。そうすると、「デイトナ」あるいは「DAYTONA・デイトナ」の標章が周知著名のものであることを前提として、本願商標と引用商標とは生ずる観念において明確に異なり、したがって称呼及び外観においても類似するところがないから、両商標は「外観及び観念について差異が認められるとしても」称呼において類似するとした審決の類否判断は本願商標から生ずる観念の周知著名性を恣意的に無視したものであって誤りであるという原告の主張は、その余の点を判断するまでもなく、失当である。

第4  よって、審決の取消しを求める原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 春日民雄 裁判官 山田知司)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例